人間が健康に生きていくには緊張と緩和が大事なのだが、いかんせん緊張が占める時間の割合が大きすぎると思う。
緊張状態にある人はただ生存するのに必要な量以上の生産を行う。その行為は一般に労働と呼ばれる。経営者からしてみれば労働者は緊張状態にて生産を行うのだから、なるべく緊張状態に留めておこうと監視の眼を光らせる。しかし、人間はずっと緊張状態で生きていけるわけがない。何せただ生存するのに必要な量以上の生産を行うためのエネルギーを使っているのだ。
それに、緊張状態は基本的に出力モードである。焦点が定まっていて、そこに集中するのには適しているが、アイデアを発散させたり新しい情報をインプットするのにはまるで向いていない。緊張から緩和に動いた時にアイデアが浮かぶ。シャワーを浴びたり散歩をしたり旅に出てみたり、緊張から解放された瞬間に飛躍がある。
効率性を向上させるために働き方を仕組み化する趣旨の指導や書籍はたくさんあるし、私もここ数ヶ月、仕事を効率よく進めるための型化を行ってきた。しかし、効率化を進めると労働に占める緊張の時間の割合が増えることに気づいた。計画を立てて効率的に仕事をこなしていくことで仕事は確かに前進したが、細かいミスが増えてきた。これは明らかに緊張の割合に身体が耐えられていない証拠である。だからこそ、仕事の効率化を行う際には、労働時間のうちどの程度を緊張、どの程度を緩和に振り分けるのかということを自分で定めておくことが、労働者として生きていくには大事なのではないかと思った。