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ほっかほっか亭のタルタルチキンかつを食べた。

手戻りを引き起こさないためにも、ちゃんと作業は型化したほうがよい、、、

基本設計に着手したときに固めておくべき要件に気づくことはまああるし、詳細設計で feasibility に気づくこともないことはないが、実装で「この要件って固まっていたっけ?」になっちゃあいけないや。

オムライスを食べた。

何でもかんでも環境変数にしない - モヒカン技術ブログシステムにおいて「環境変数」として扱うべきものは実は限られている。環境差がないものは環境変数として扱うべきではない。 そもそも環境変数とは何か 環境変数はOSがプロセスに渡す名前付きの文字列である。アプリケーションは起動後に $_ENV や process.env などから必要な値を読み込み、その後の処理に利用する。言語やフレームワークに依存しない、実行時入力の仕組みだ。 環境変数についての最も権威的な出典は The Twelve-Factor App の Config という記事だろう。 12factor.net この記事で言う環境変数は、ステージング・本番・開発環境などデプロイの間で異なり…モヒカン技術ブログ
何を環境変数にするべきかの判断基準は単純で、環境を変えても値は同じかどうか。同じならコード、違うなら環境変数。

確かに命名のことを考えるとそうだなと気づいた。この指摘で環境変数と secret の違いの気持ちを把握した。

環境変数である必要がないものまで環境変数にしていると、AIエージェントはそこを推測で補って解釈し、コードを出力することになる。果たして、そんなコードを信用してコードレビューに出せるだろうか?

この観点は盲点だった。アプリ側で人間が定めたい設定項目については config に分けるのがあるべきなんだろうな。

高学歴に対してノブレスオブリージュを押し付けることに対する違和感、人間を「社会にどれだけ有用な成果を供給できるか」によって序列化する思想に由来するような気がしていて、となると能力の低い人間に対して「あなたから社会が受け取れるものは大してない」という評価を下せるような不穏さを感じる。

さらに言えば、「能力の低い人が社会について発言したり、公共的活動をしたりするより、優秀な人に任せたほうが社会的効用が高い」というところまで行き着いて、結果的に「社会を動かすのは優秀な人間の仕事であり、普通の人間はその受益者であればよい」という、かなりエリート主義的な社会観になってしまい、結果的に格差がどんどん拡大するような気がする。

R-style倉下忠憲による、知的生産やライフハックをテーマにしたブログ。R-style
〈である原理〉では二人称である「あなた」は想定されていません。しかし、読む人は実際にいるわけです。文章を提出するときに誤字脱字やロジックを整えるのも、そうした読む人がいることが想定されているからでしょう。しかし、その人は「あなた」ではない。文章の書き手と読み手という風に立場が分かれるのではなく、「われわれ」(実際論文でよく使われる表現です)という同じ営みを続けるものとして扱われている。

面白い。誰に読まれるのかと、いうところから常体・敬体が定まるのか。

久々にモロゾフのプリンを食べた。卵があまりに濃厚で、もはや茶碗蒸しに片足突っ込んでいる気がする。